YouTubeを開いた瞬間、画面に並ぶサムネイルを見て「そうじゃない、今見たいのはこれじゃないんだ」と溜息をついたことはありませんか。
私たちは長い間、YouTubeのアルゴリズムという見えない支配者に、次に見るべきものを委ねてきました。再生履歴や高評価ボタンという間接的な手段で「好み」を伝えてきましたが、それでも時折、見当違いな動画ばかりが並ぶことがあります。
まるで、行きつけのレストランのシェフが、急に頼んでもいない激辛料理ばかり出してくるような居心地の悪さです。
しかし、そんな受動的な関係性が終わるかもしれません。YouTubeがテストを開始した新機能「カスタムフィード」は、AIに対して私たちが自然言語で「今、何を見たいか」を直接指示できるツールです。これは単なる機能追加ではなく、私たちがプラットフォームとどう付き合うかという「主導権」を取り戻すための転換点になる可能性があります。
今回は、この話題の新機能について、使い方から従来機能との違い、そして私たちの視聴体験がどう変わるのかを解説します。
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アルゴリズムに「言葉」で指図する時代が来た
これまでのYouTubeのおすすめ機能は、いわば「察してちゃん」でした。私たちが過去に見た動画の傾向から、AIが勝手に「きっとこれが好きだろう」と推測して動画を提示してくる仕組みです。しかし、人間の興味というのはもっと流動的で、その時々の気分によって「今は勉強したい」「今はただ笑いたい」と変化するものです。
Googleがテストしている新しい実験的ツールは、この「察する」プロセスを飛び越え、ユーザーがAIに直接「命令」することを可能にします。

新機能「カスタムフィード」とは?AIプロンプトで何が変わるのか
報じられている情報によると、この新機能はホームページの上部にチップ(小さなボタンのようなもの)として表示される予定です。これまでのカテゴリーボタンに似ていますが、決定的に違うのは、ユーザーがそこに自分の言葉を入力できるという点です。
具体的には、簡単なプロンプト(指示文)を入力することで、その興味関心に特化した動画だけを集めた「専用のフィード」をAIが即座に生成してくれます。
例えば、これまでは履歴に基づいてなんとなく表示されていた料理動画も、この機能を使えば「30分以内で作れるイタリアンのレシピ」や「プロが教える和食の基本」といった具合に、今の気分にピンポイントで刺さる内容へと絞り込むことが可能になります。
検索するほど明確なキーワードはないけれど、ぼんやりとした「見たい方向性」がある場合に、この機能は驚くべき威力を発揮するでしょう。
使い方は超シンプル。「歴史ポッドキャスト」と入力するだけ
操作は驚くほど直感的であると予想されます。「カスタムフィード」のオプションを選択し、表示される入力ボックスに文章を入れるだけです。
- 「最近のトレンドを知れるテック系の解説動画」
- 「作業用BGMとして使える静かなカフェの映像」
- 「歴史ポッドキャストを楽しみたい」
このように入力すると、YouTubeのAI(Geminiなどの技術が応用されている可能性があります)がその意図を汲み取り、既存の視聴履歴がどうであれ、そのプロンプトに関連性の高い動画をかき集めておすすめしてくれます。
これはいわば、YouTubeの中に自分専属のコンシェルジュを雇うようなものです。「今日はこういう気分なんだ」と伝えるだけで、膨大な動画の海から最適なものをピックアップしてくれるのですから、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する現代人にとっては最強のツールになり得ます。

似ているようで別物?従来の「フィードをカスタマイズ」との決定的な違い
ここで一つ疑問が浮かびます。「あれ、前にも似たような機能がなかったっけ?」と。確かにYouTubeには以前から視聴体験を調整する機能が存在していましたが、今回の「カスタムフィード」はそれらとは根本的な設計思想が異なります。
受動的な「評価」から、能動的な「指示」へ
2024年頃に導入された「フィードをカスタマイズ」という機能をご存知でしょうか。あれは、サンプルとして表示された動画に対して「好き」「そうでもない」といった評価を下すことで、おすすめの傾向を修正するものでした。つまり、あくまでAIが提案したものに対してYes/Noで答えるという、受け身の姿勢でのチューニングに過ぎませんでした。
対して今回の新機能は、ゼロベースからユーザーがトピックを指定できます。
- 従来機能(フィードをカスタマイズ): AI「これ好き?」「嫌い」→ AI「じゃあこれは?」
- 新機能(AIカスタムフィード): ユーザー「今すぐ猫の動画だけ持ってきて」→ AI「承知しました」
この違いは大きいです。アルゴリズムのご機嫌を伺う必要がなくなり、ユーザー自身が編集長となって、トップページの構成を決定できるようになったのです。

実はまだ全員使えない?実験的機能の現状
非常に魅力的なこの機能ですが、現時点では「実験的ツール」という位置付けです。PCMagなどの報道によると、複数のアカウントで確認を試みたものの利用できなかったケースが多く、まだ一部のユーザーに限定してテスト公開されている段階のようです。
Googleはこの機能が、既存のアルゴリズムにどう影響を与えるか(あるいは与えないか)について慎重に検証している最中です。おそらく、このプロンプト入力は一時的なフィード生成に使われるだけで、長期的なおすすめ傾向(全体的なアルゴリズム)を根本から書き換えるものではないと推測されます。
つまり、「今日だけはミステリー動画を見たい」という要望を叶えつつ、普段の好みを壊さないような設計になっているのではないでしょうか。
AIは「魔法の杖」か、それとも「新しいリモコン」か
今回のニュースを見て私が感じたのは、テクノロジーの進化が一周回って「アナログな対話」に戻ってきたという面白さです。
かつて私たちは、膨大なコンテンツの中から見たいものを探すために、複雑な検索演算子やタグを使っていました。その後、AIが発達し、何も言わなくても「あなた、これ好きでしょ?」と差し出してくれる時代になりました。それは便利でしたが、同時に「フィルターバブル」という名の鳥籠に閉じ込められることでもありました。
今回の「カスタムフィード」は、その鳥籠の鍵をユーザーの手に返してくれるものです。
「AIにおすすめされる」のではなく「AIにおすすめさせる」。
たった数文字のプロンプトを入力するという行為は、一見すると手間に思えるかもしれません。しかし、それは私たちが自分の意志で情報を選び取る力を取り戻すための、小さくても重要な儀式のように思えます。
もしあなたのYouTube画面にこの新しいチップが表示されたら、ぜひ試してみてください。そこには、アルゴリズムの予測を超えた、あなただけの新しい「沼」が待っているはずです。

