iPhone 17の発表会で、物理SIMカードスロットが消滅し、世界がeSIMへと強制的に塗り替えられる歴史の転換点を目撃したばかりだ。
ようやくその衝撃を飲み込み、次の一歩を踏み出そうとしていた矢先、私の背筋を凍らせるようなニュースが飛び込んできた。
結論から言おう。iPhone 18は、これまでの価格体系を破壊する「史上最も高価なデバイス」になる可能性が極めて高い。かつては誰もが手に入れられた魔法の板が、いよいよ選ばれし者だけの贅沢品へと変貌を遂げようとしているのだ。
Source:yeux1122
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メモリ高騰の波がAppleを飲み込む

今回の価格高騰の元凶は、私たちの生活を便利にするはずの「AI」そのものにある。世界中の巨大テック企業がAIサーバーの構築に血眼になり、メモリ部品を根こそぎ買い占めている状況だ。
この需要過多により、RAM(メモリ)とNANDストレージの価格がかつてないほど跳ね上がっている。
天下のAppleといえど、この物理的なコスト上昇の前には無力だ。強力なサプライチェーン交渉力を持ってしても、部材価格そのものの暴騰を完全に吸収することは不可能だろう。バンク・オブ・アメリカやシティグループといった金融機関の予測も、一様に「Appleはコストを顧客に転嫁せざるを得ない」と警鐘を鳴らしている。
私たちが直面するのは、インフレという言葉では片付けられない、ガジェット界の地殻変動なのだ。
iPhone 18シリーズの価格予測と絶望のストレージ格差

流れてきた予測データを精査すると、Appleの残酷なまでの戦略が透けて見える。彼らはベースモデルの価格を据え置くことで、一見「値上げしていない」かのようなポーズを取るだろう。しかし、その裏で大容量モデルの価格を容赦なく釣り上げるつもりなのだ。
以下に、現時点での予測を整理した。
| モデル | 最小容量(据え置き予想) | 大容量モデル(値上げ予想) |
| iPhone 18 | 前年モデルと同等 | 5,000円〜1万円程度の加算 |
| iPhone 18 Pro | 前年モデルと同等 | 2万円以上の大幅値上げの可能性 |
| iPhone 18 Ultra(仮) | 新設価格設定 | 30万円超えも視野に |
ストレージを増やせば増やすほど、支払う対価は雪だるま式に膨れ上がる。これまで「とりあえず1TB」と選んでいた層ですら、注文確定ボタンを押す指が震えるような、非情な価格設定が待っている。
なぜAppleは値上げを顧客に転嫁するのか

Appleは、自社の利益率という聖域を守るためには手段を選ばない企業だ。CFOのケヴァン・パレク氏は、メモリ価格の上昇が製造コストを押し上げている事実をすでに認めている。コストが増えたからといって、株主を裏切ってまで自腹を切るほど、彼らは甘い組織ではない。
さらに、今回は「2nmプロセス」という未知の領域に足を踏み入れるA20 Proチップの製造コストも重くのしかかる。フロントカメラの「左穴あきデザイン」への変更や、可変絞りカメラの実装。これらすべての進化が、ユーザーの財布を直接狙い撃ちにする口実となっているのだ。
結局のところ、Appleは私たちに「最新の魔法が見たいなら、もっと金を積め」と突きつけているのである。
iPhone 18 Proが提示する高すぎる対価

それでも、iPhone 18 Proが放つ魅力に抗うのは難しい。2nmプロセスで製造されるA20 Proチップは、もはやスマホの枠を超えた処理能力を叩き出すだろう。Googleとの提携による最新のAI機能も、その一部は最新モデルでしか動かないという「禁じ手」を使ってくるはずだ。
さらに、初の折りたたみ式iPhoneの登場も噂されており、ガジェット好きとしては歓喜に震えずにはいられない。しかし、その引き換えとなる価格が「生活を脅かすレベル」であるなら、それは果たして正解なのだろうか。
技術の進化を心から喜びたい一方で、このままではスマホが「庶民の手には負えない聖剣」になってしまうのではないかという、拭いきれない不安が私を支配している。
私たちが取るべき賢い生存戦略

この狂乱の価格ショックを生き抜くために、私たちは「脳死で最新モデルを買う」という悪癖を今すぐ捨てるべきだ。Appleが描くシナリオに踊らされず、自分のライフスタイルに必要な最小限のスペックを見極める冷静さが求められている。
具体的には、以下の3つの行動を強く推奨する。
- ストレージ容量をクラウドへ逃がし、最小構成モデルを選択する
- iPhone 17以前のモデルを使い倒し、1〜2世代のスキップを検討する
- 中古市場でのリセールバリューを意識し、丁寧に使用する
スマホはあくまで人生を豊かにするための道具だ。道具を手に入れるために人生そのものが圧迫されるようでは、本末転倒と言わざるを得ない。




