人類の限界とされてきた壁が、あっさりと機械に突破された。
北京で開催された世界ヒューマノイドロボット競技大会の予選で、中国製のロボット「天宮ウルトラ(Tiangong Ultra)」が100メートル走で9.39秒を記録。ウサイン・ボルトが2009年に樹立した9.58秒の世界記録を塗り替えた。
だが、このニュースの真の価値は「人間より速く走ったこと」だけではない。ゴール直後に壁に激突し、あるいはよろめき倒れるその姿にこそ、現在のロボット工学が抱えるリアルな課題と、底知れぬ野心が透けて見える。
記録の内訳を見ると、凄まじい進化のスピードに圧倒される。
天宮ウルトラは9.39秒。ライバル機であるHonor社の「Lightning」も9.47秒と、揃ってボルトの記録をクリア。さらに別の機体は400メートルを39.7秒で駆け抜け、こちらも人間の世界記録(43.03秒)を粉砕している。
驚くべきは、天宮ウルトラがわずか1年前の同大会では21.50秒だったという事実。たった1年でタイムを半分以下に縮めるという、人間ではあり得ない成長曲線を描いている。
しかし、圧倒的な加速力とは裏腹に、制動技術にはまだ大きな課題が残る。
天宮ウルトラはゴール後によろめいてコースアウトし、Lightningは転倒して担架で運び出された。主催者が分厚いマットを用意しても止まりきれない。アクチュエータの圧倒的な出力向上に対して、姿勢制御や急な環境変化への適応といった「ブレーキ」の技術が追いついていない証拠だ。
この「走れるが止まれない」というアンバランスさこそが、今のヒューマノイド開発の最前線。
大会を主催する中国の狙いは、単なる陸上競技のタイムアタックではない。5日間にわたる競技には51種目が用意され、そのうち21種目はケーブルの接続やEV充電、レストラン業務といった実作業のシミュレーション。技術パートナーのファーウェイによれば、競技の4割以上で「完全自律動作」が求められるという。
わずかなケーブルの角度のズレや、想定外の荷物の配置。そうしたノイズが溢れる現実空間で、人間の助けを借りずに状況を認識し、適切な力を加える。制御された直線コースを全力疾走するよりも、はるかに高度な情報処理とリアルタイムのフィードバック制御が必要になる領域だ。
参加チーム数は昨年の280から666へと激増。世界16カ国から2000台以上のロボットが北京に集結した。
この熱狂の背景にあるのは、ヒューマノイドを次世代の戦略的産業と位置づけ、工場や物流現場への実装を急ぐ中国の猛烈なプレッシャーに他ならない。

