音楽ストリーミングサービスの巨人、Spotifyが、App Storeの「壁」に大きな風穴を開ける可能性のある一歩を踏み出しました。
米国のiPhoneアプリがアップデートされ、ユーザーはアプリ内からSpotifyのウェブサイトに直接アクセスし、サブスクリプション(有料プラン)の申し込みや支払いを行えるようになったのです。
これは、長年にわたる法廷闘争の末に下された米国の裁判所の命令を受けたもので、Appleの課金システムと最大30%とも言われる手数料を回避できる、画期的な変更と言えます。この記事では、この変更の詳細、背景にある法廷闘争、そして私たち日本のユーザーにとってどのような意味を持つのかを掘り下げて解説します。


■ 米国Spotifyアプリで何が変わった? 手数料回避への道

今回のSpotifyアプリ(米国版)のアップデートで、具体的に何が可能になったのでしょうか?
ポイントは、アプリ内でサブスクリプションプランやお得なキャンペーン情報を表示し、そこから直接Spotifyのウェブサイトへ誘導できるようになった点です。
これまでのApp Storeのルールでは、多くのアプリ(特にサブスクリプション型サービス)は、Appleが提供するアプリ内課金(IAP: In-App Purchase)システムを利用する必要がありました。ユーザーはこのシステムを通じて支払いを行い、Appleはその売上に対して最大30%の手数料を徴収していました。
しかし、今回のアップデートにより、米国のSpotifyユーザーは、アプリ内で魅力的なプランを見つけたら、リンクをクリックしてSpotifyのウェブサイトに移動し、そこで直接支払い情報を入力して契約を完了できます。これにより、SpotifyはAppleに手数料を支払う必要がなくなります。
ユーザーにとっては、よりスムーズな登録体験や、これまでアプリ内では表示されにくかった限定オファーなどにアクセスできる可能性が生まれます。
■ なぜこの変更が可能になったのか? 背景にある「Epic Games vs. Apple」裁判

この歴史的な変更は、Spotifyが独自に起こした訴訟の結果ではありません。その根底にあるのは、人気ゲーム「フォートナイト」の開発元であるEpic GamesとAppleの間で繰り広げられてきた、長年の法廷闘争です。
決定的な動きがあったのは2025年4月30日。米国の裁判官が、Appleが「開発者がユーザーを他の支払い方法に誘導することを禁じる」という以前の裁判所命令に違反している、と判断したのです。
具体的には、裁判所はAppleに対し、以下の点を明確に命じました。
- 開発者がアプリ内から外部の支払いページへリンクを設置することを許可すること。
- これらの外部リンクに対して、Appleが別途手数料(以前Appleが提案していた27%のようなもの)を課すことを禁止すること。
- ユーザーが外部リンクをクリックした際に、支払いを躊躇させるような警告メッセージ(いわゆる「脅し」)を表示することを禁止すること。
さらに判決では、Appleの幹部が訴訟手続き中に誤解を招くような情報を提供していた点にも言及されました。この厳しい司法判断を受け、AppleはSpotifyの今回のアプリアップデートを承認せざるを得なくなったのです。ただし、Appleはこの最新の判決に対して控訴する意向を示しています。
■ アップル包囲網? 世界的な規制強化と独占禁止法の動き

今回の米国の判決は、Appleが自社のApp Storeエコシステムに対するコントロールを維持しようとする中で、世界的に高まっている圧力の一例に過ぎません。
- 欧州連合(EU)
デジタル市場法(DMA)という新しい規制により、AppleはすでにiPhone上での代替アプリストアの許可や、サードパーティによる支払いシステムの利用容認など、大きな方針転換を迫られています。ただし、EUの規制当局は、AppleがDMAの規則を適切に遵守しているかについて、依然として厳しい監視の目を光らせています。 - 米国
2024年3月には、米国司法省(DOJ)がAppleに対して大規模な独占禁止法訴訟を提起しました。この訴訟では、Appleがその支配的な地位を利用して不当に競争を阻害し、消費者の選択肢を狭めていると主張されています。
これらの動きは、Appleの「壁に囲まれた庭(Walled Garden)」とも形容されるビジネスモデルに対して、世界中の規制当局や開発者が異議を唱えている現状を浮き彫りにしています。
■ 消費者にとってのメリットは? 選択肢が増えることの意味
今回のSpotifyのアップデート(米国)は、私たち消費者にとってどのようなメリットがあるのでしょうか?
- より簡単な登録プロセス
アプリ内でプランを見つけ、数クリックで外部サイトに移動して直接登録できるため、プロセスが簡略化される可能性があります。 - お得なプランへのアクセス
これまでAppleの手数料を考慮してアプリ内では提供されていなかった、より安価なプランや特別なプロモーションが、外部サイト経由で提供される可能性があります。 - 開発者の自由度向上
開発者が自社のサービスや価格設定、顧客との関係構築において、より自由な裁量を持てるようになる第一歩と言えます。
もちろん、Appleのアプリ内課金システムには、支払い情報の一元管理といった利便性があります。しかし、消費者の視点から見れば、より多くの選択肢があり、価格競争が促進される方が、エコシステム全体としては健全であると言えるでしょう。
■ 【考察】日本のSpotifyユーザーへの影響は? 今後の展望

さて、最も気になるのは、この動きが日本のSpotifyユーザーにどのような影響を与えるか、という点でしょう。
現時点では、今回の米国の裁判所の命令が、直接日本のApp StoreやSpotifyアプリに適用されるわけではありません。 法的な効力は米国内に限られます。
しかし、可能性として考えられるシナリオはいくつかあります。
- 日本の規制当局(公正取引委員会など)の動き
日本でも、アプリストアの市場支配力や手数料に関する議論は存在します。今回の米国の判決やEUのDMAの動向が、日本の規制当局の調査や判断に影響を与え、将来的に同様の措置が日本でも求められる可能性は否定できません。 - Appleのグローバル戦略
Appleが、国ごとに異なるルールを管理する煩雑さを避けるため、あるいは世界的な批判の高まりを受けて、自主的に米国やEUと同様の変更を日本を含む他の地域にも適用する可能性もゼロではありません。しかし、Appleはこれまで地域限定的な対応をすることも多かったため、過度な期待は禁物です。 - 市場原理と開発者の圧力
Spotifyのような大手サービスが米国で成功体験を得ることで、他の開発者も同様の自由を求める声が高まる可能性があります。これが世界的な潮流となれば、Appleも無視できなくなるかもしれません。
結論として、現時点ですぐに日本のSpotifyアプリで同様の外部支払いリンクが利用可能になる可能性は低いと考えられます。 しかし、今回の出来事は、世界的にアプリストアのあり方が変化していく大きな流れの中の一つの重要な節目です。今後の日本の規制動向やAppleの対応、そして他の国々での同様の動きを注視していく必要があるでしょう。
まとめ
Spotifyが米国のiPhoneアプリで外部支払いへのリンクを設置できるようになったことは、単なるアプリのアップデートではなく、Appleが長年築き上げてきたApp Storeのビジネスモデルに対する大きな挑戦であり、司法判断によってもたらされた重要な変化です。
これは、Epic Gamesとの法廷闘争という長い背景を持つものであり、Appleに対する世界的な規制圧力が高まる中で起きた象徴的な出来事と言えます。
ユーザーにとっては、より多くの選択肢や潜在的な価格メリットが生まれる可能性があり、開発者にとっては、より自由なビジネス展開への道が開かれるかもしれません。
日本への直接的な影響は現時点では限定的ですが、世界の潮流が変化していることは間違いありません。今後、日本の規制当局やAppleがどのような判断を下すのか、そしてこの動きが他のアプリやサービスにどう波及していくのか、注目していく価値は十分にあります。アプリ経済圏の未来を占う上で、今回のSpotifyの「勝利」は、記憶されるべき一歩となるでしょう。
まぁ、手数料(30%)も取ってたらそりゃ裁判もしたくなりますよ…
