Appleがまた、新たなシリコンを世に送り出しました。その名は「M5」。MacBook ProやiPad Proの未来を担うこのチップの登場に、多くのメディアは「CPU性能が最大15%向上」という見出しを掲げました。
確かに、それは素晴らしい進化です。しかし、もしあなたがその数字だけを見て「なるほど、順当に進化したんだな」と納得してしまったのなら、Appleが仕掛けた壮大なパラダイムシフトの、ほんの序章しか見ていないことになります。
今回のM5チップにおけるCPU性能の向上は、壮大な交響曲の序曲、いわば”前座”に過ぎません。本番の幕が上がった時、ステージの中央で輝く真の主役は、M4比で4倍以上という、もはや異次元の進化を遂げたAI性能です。
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静かなる巨人、CPUと地力の向上
まず、多くの人が最初に目にするであろうCPU性能から見ていきましょう。M5チップは、M4と同様に高性能コア4つと高効率コア6つの10コア構成を維持しています。しかし、その中身は別物です。
Appleが「世界最速のパフォーマンスコア」と胸を張る新設計により、マルチスレッド性能はM4比で最大15%向上しました。これは、アプリケーションの起動や、複数のタスクを同時に実行する際のキビキビとした動作に直結する、着実な進化です。

さらに、このパフォーマンスを支える足腰も大幅に強化されています。
- メモリ帯域幅の拡大
M4の120GB/sから153GB/sへと約28%も向上。これは、CPUやGPUといった頭脳に情報を送り込むための高速道路が、一気に拡幅されたようなものです。高解像度のビデオ編集や、複雑なデータを扱う生成AI、そしてAAA級のゲームタイトルなど、大量のデータを一度に処理する必要がある場面で、その真価を発揮します。 - 製造プロセスの進化
TSMCの第2世代3nmプロセスから第3世代3nmプロセスへ。より微細化されたプロセスは、一般的にパフォーマンスの向上と消費電力の低下をもたらします。つまり、M5はM4よりもパワフルでありながら、バッテリーの持ちはさらに良くなる可能性があるのです。
これだけでも、M5が優れたチップであることは間違いありません。しかし、Appleの本当の狙いは、ここから始まるのです。

AI性能という名のゲームチェンジャー
M5チップの設計思想を理解する上で、最も重要なキーワードは「ニューラルアクセラレータ」です。最新のiPhoneに搭載されたA19チップの思想を受け継いだこの専用回路こそ、M5をM4から完全に別次元の存在へと押し上げた原動力です。
Appleが公開したベンチマークは、その衝撃を雄弁に物語っています。
- 大規模言語モデル(LLM)の応答速度: M4比で3.6倍高速
- Premiere ProのAI音声改善: M3比で2.9倍高速
- Blenderのレンダリング: M3比で1.7倍高速
注目すべきは、LLMの応答速度が3.6倍にも達している点です。これは、文章の生成や要約、プログラミングコードの提案といったAIアシスタント機能が、クラウドを介さずデバイス上で、驚くほど快適に動作することを示唆しています。
これまでWebサービスにアクセスして行っていたような作業が、オフラインのiPadやMacBookで完結する。これは、私たちのワークフローを根本から変える可能性を秘めています。
さらに、改良された16コアのニューラルエンジンと、ピーク時にM4の4倍以上に達するというGPUコンピューティング性能が、このAI革命を加速させます。画像生成AIで、思い描いたイメージが瞬時に形になる。
ビデオ編集ソフトで、AIによるノイズ除去やカラーグレーディングが一瞬で完了する。M5がもたらすのは、クリエイターが試行錯誤のために費やしていた「待ち時間」の撲滅であり、思考を止めないシームレスな創造体験なのです。

M4ユーザーは買い替えるべきか?答えはあなたの「使い方」にある
これほどの進化を前にして、多くのM4ユーザーが自問するでしょう。「私は買い替えるべきだろうか?」と。その答えは、あなたがMacやiPadを「何に」使っているかによって明確に分かれます。
買い替えを強く推奨するユーザー
- AIを駆使するクリエイター
動画編集、3Dレンダリング、画像生成、音楽制作などでAI機能を日常的に利用するなら、M5の恩恵は絶大です。作業時間の大幅な短縮は、もはや投資と呼べるレベルでしょう。 - 開発者・研究者
機械学習モデルの開発や大規模なデータ解析など、ローカル環境で高い演算能力を必要とするプロフェッショナルにとって、M5は新たな可能性の扉を開きます。 - 最先端の体験を求めるアーリーアダプター
Apple Vision Proのアップデートモデルにも搭載されることからも分かる通り、M5は次世代のコンピューティング体験の基盤です。その未来をいち早く体験したいのであれば、迷う理由はありません。
現行M4で十分な可能性が高いユーザー
Webブラウジング、書類作成、ビデオ会議、動画視聴といった日常的なタスクが中心であれば、M4の性能は依然としてオーバースペック気味です。M5のAI性能が、あなたの主要な用途に直接的なメリットをもたらす段階には、まだ少し時間が必要かもしれません。
焦る必要はありません。しかし、AIがOSやアプリケーションの標準機能として深く統合されていくであろう未来を考えれば、いずれ全てのユーザーがこの恩恵を受けることになるのは間違いないでしょう。
