Macの画面を、思わず指で触れて操作したいと思ったことはないだろうか。
かつてAppleの共同創業者スティーブ・ジョブズは、そのアイデアを一笑に付した。「人間工学的にひどい」「腕がゴリラのように疲れてしまう」。彼のこの言葉は、長年にわたりMacにタッチスクリーンが搭載されない理由を説明する、神託のようなものだった。それはAppleの中に深く根付いた、揺るがぬ哲学であり、MacとiPadを分かつ聖なる境界線でもあった。
しかし、2025年9月の今、その長きにわたる沈黙が破られようとしている。信頼性の高いアナリスト、ミンチー・クオ氏が投じた一石は、我々Appleウォッチャーの心を大きく揺さぶりました。
来年にも登場するとされるApple初の「OLED MacBook Pro」に、タッチスクリーンが搭載されるというのです。
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それは現実か?クオ氏が語る「触れるMacBook」の姿
今回の情報の核心は、Appleが開発を進めている次世代MacBook Proに、ただ美しいだけではない「OLEDディスプレイ」が採用されるという点にあります。そして、そのOLEDパネルには「オンセルタッチ技術」が統合される、とクオ氏は指摘しています。
この「オンセルタッチ」という技術が重要です。従来のタッチパネルのように、ディスプレイの上に別のタッチ層を重ねるのではなく、ディスプレイそのものにタッチセンサーを組み込んでしまう技術です。これにより、画面のさらなる薄型化と、よりダイレクトで高精細なタッチ体験が可能になります。
つまり、タッチスクリーンは後付けの機能ではなく、OLED化と共に計画された、デザインの根幹に関わるアップデートなのです。これは、Appleがいかに本気で「触れるMac」を考えているかの証左と言えるでしょう。

Appleの”心変わり”の裏側にある、iPadの成功体験
では、なぜAppleは今になってこの大きな舵を切るのでしょうか。クオ氏はその理由を「AppleがiPadユーザーの行動を長期にわたって観察した結果」だと分析しています。これは非常に的を射た指摘です。
考えてみてください。Magic Keyboardを取り付けたiPad Proは、もはやクラムシェル型のラップトップと何ら変わらない姿をしています。ユーザーはキーボードとトラックパッドで精密な作業をこなし、次の瞬間には画面に指を伸ばして直感的にスクロールしたり、項目を選択したりする。このシームレスな体験は、すでに何百万人ものiPadユーザーにとって「当たり前」になっているのです。
「特定のシナリオではタッチコントロールによって生産性と全体的なユーザーエクスペリエンスの両方が向上する」
このクオ氏の言葉は、Appleが得た確信そのものなのでしょう。ユーザーはもはや「これはiPadだからタッチする」「これはMacだからトラックパッドを使う」などとは考えていません。目の前にあるデバイスで、最も効率的で、最も心地よい操作を自然に選択しているだけなのです。その現実を前に、Macだけがタッチ操作から取り残されている状況こそが、不自然だったのかもしれません。

ジョブズの言葉を超えて。それは「否定」ではなく「進化」
もちろん、このニュースを聞いて、かつてのジョブズの言葉を思い出し、眉をひそめる長年のファンもいるでしょう。「Appleは哲学を捨てたのか」と。
しかし、私はこれを「哲学の否定」ではなく、テクノロジーの進化が可能にした「哲学のアップデート」だと捉えたいのです。
ジョブズがタッチスクリーンPCを批判した時代、その技術は未熟でした。タッチの精度は低く、OSもタッチ操作に最適化されていませんでした。そして何より、デバイスは厚く、重かった。そんな状態で垂直な画面に腕を伸ばし続けるのは、確かに苦行だったでしょう。
しかし、時代は変わりました。OLED化による極限までの薄型・軽量化、macOSに最適化された高度なパームリジェクション(画面に置いた手を誤認識しない技術)、そして何より、iPadで培われた10年以上にわたるタッチインターフェースの膨大なノウハウ。これらが揃った今、Appleは「腕が疲れる」という課題を克服し、かつてジョブズが理想とした「最高のユーザー体験」を、タッチスクリーンという新しい形でMacにもたらすことができる、と判断したのではないでしょうか。

我々はその「未来」に、いつ触れられるのか
さて、最も気になるのは、この革新的なMacBook Proがいつ我々の手元に届くのか、というタイムラインです。情報はやや錯綜していますが、整理するとおぼろげながら未来図が見えてきます。
- 2026年初頭: まず、現行デザインのままM5チップを搭載したMacBook Proが登場する可能性が報じられています。
- 2026年後半~2027年初頭: そして、本命の登場です。ブルームバーグのマーク・ガーマン氏もこの時期を予測しており、M6世代(仮)のチップと共に、薄型化された新デザイン、縮小されたノッチ、そしてOLEDタッチスクリーンを搭載した、フルモデルチェンジ版MacBook Proが発表されるというのが最も有力なシナリオです。
2023年にM2とM3モデルが同じ年に発表された前例を考えると、2026年に2度の大きなアップデートがあっても不思議ではありません。我々は、あと1年半ほどの時間で、Macの歴史が大きく動く瞬間を目撃することになるのかもしれません。
まとめ
MacBook Proへのタッチスクリーン搭載の噂は、単なる一つの機能追加の話題に留まりません。それは、Appleの二大巨頭であるMacとiPadが、長年の時を経て互いの領域に歩み寄り、融合を始める壮大な物語の序章です。
「最高のコンピュータとは何か」を問い続けたMacの歴史と、「魔法のような体験」を追求したiPadの歴史。その2つのDNAが交わる時、一体どんなプロダクトが生まれるのでしょうか。
もちろん、macOSのタッチ操作への最適化など、解決すべき課題はまだ多く残されているでしょう。しかし、それらの課題を乗り越えた先に、これまで誰も体験したことのない、新たな生産性と創造性の扉が開かれているはずです。
古参のファンとしては、一抹の寂しさを感じないわけではありませんが、もうどうせならiPadにMac OS入れちゃいなよ…
