Appleの製品群の中で、まるで時が止まったかのような印象を受けるデバイスがあります。それが「iPad Air」です。2020年にA14チップを搭載し、鮮烈なデザイン刷新を遂げて以来、このミッドレンジの優等生は、チップの順当な進化やサイズの選択肢追加といったマイナーチェンジに留まり、ユーザーが心から驚くような革新からは、少し距離を置いていました。
その間、兄貴分であるiPad ProはOLED化や驚異的な薄さを手に入れ、弟分の無印iPadは着実にコスパを高めていく。その狭間で、iPad Airの存在意義は、少しずつ曖昧になっていたのかもしれません。
しかし、その永かった沈黙が、2026年春、ついに破られる可能性があります。次期iPad Air(第8世代)に、これまでiPad Proだけの「特権」とされてきた『Face ID』が搭載されるという、極めて説得力のある情報が浮上してきたのです。
これは単なる機能追加ではありません。Appleのタブレット戦略における、壮大な”駒の再配置”を意味します。なぜ今、iPad AirにFace IDなのか? それはProの売上を脅かさないのか? この一つの変化が、あなたのiPad選びをどう変えるのか? この記事では、その背景にあるAppleの深謀遠慮を読み解き、来るべき未来のタブレット選びの指針を示します。
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iPad Air8がついにFace ID搭載

なぜ「Proの聖域」だったのか? Face IDがAirに降りてくる歴史的背景
2017年のiPhone Xで世界に衝撃を与えた顔認証技術「Face ID」。それは単なるロック解除の方法ではなく、未来のコンピューティング体験を予感させる、Appleの象徴的なイノベーションでした。タブレットの世界において、この先進技術は長らくiPad Proのみに許された、いわば「聖域」でした。
ほんの数年前まで、iPad AirとiPad Proの境界線は、非常に曖昧でした。例えば、数世代前のモデルでは、両者の価格差は約180ユーロ。その差額で手に入るProの付加価値とは何か? それは、滑らかな表示を実現する120HzのProMotionディスプレイ、より高速なチップ、そしてFace IDでした。
もし当時、iPad AirにFace IDが搭載されていたら、多くのユーザーは「Proを選ぶ決定的な理由」を一つ失っていたでしょう。つまり、Face IDは、Proの価格を正当化し、そのプレミアムな地位を守るための、重要な”砦”の役割を担っていたのです。Appleは、自社製品同士が市場を食い合う「カニバリゼーション」を避けるため、巧みに機能の階層構造を作り上げていたわけです。
ではなぜ、Appleはその鉄壁の砦を、今になって自ら取り壊そうとしているのでしょうか? その答えは、現在のiPad Proが、もはやFace IDの有無など些細なことに思えるほど、遥か高みへと到達してしまったからに他なりません。

すべての布石は打たれた。iPad Pro M4が切り開いた新境地
現在のタブレット市場を見渡してください。最新の「iPad Pro M4」は、もはやiPad Airと比較すること自体が適切ではないほどの、異次元の存在へと進化を遂げました。
両者の価格差は、今や約500ユーロ(約85,000円 ※1ユーロ=170円換算)にまで拡大しています。この大きな価格差の裏には、圧倒的な技術的優位性が存在します。
- 異次元のディスプレイ体験: 漆黒を表現する美麗なタンデムOLEDディスプレイ。
- 物理法則への挑戦: 歴代Apple製品で最も薄い、驚異的な筐体デザイン。
- プロフェッショナルな要求に応える: 光の反射を極限まで抑えるナノテクスチャガラスの選択肢。
- 最高の入力環境: より高級で打鍵感の優れた専用Magic Keyboard。
これだけの明確な”格の違い”を見せつけられては、もはや「Face IDがあるからProを選ぶ」という動機は、ほとんど意味を成しません。iPad Pro M4は、その存在自体が「プロのための唯一無二のツール」というアイデンティティを確立したのです。
つまり、iPad Proの絶対的な進化こそが、iPad AirにFace IDを搭載するための最大の布石だったと言えます。Proの牙城は、より高く、より強固な場所へと移されたのです。Face IDという強力な武器をAirに与えても、もはやProの売上が脅かされる心配はない。Appleはそう判断したのでしょう。

iPad Airの再定義へ。無印iPadとの価格差を埋める「最後の一手」
Proとの関係性が整理された今、次に焦点が当たるのは、無印iPadとの関係性です。現在のラインナップを見ると、無印iPad 11(128GB Wi-Fi)が409ユーロであるのに対し、iPad Air 11(128GB Wi-Fi)は719ユーロ。そこには310ユーロという、決して小さくない価格差が存在します。
ユーザーがこの差額を支払ってまでAirを選ぶ理由は何でしょうか? より高性能なチップ、ラミネーションディスプレイ、Apple Pencil(USB-C)とApple Pencil Proの両対応など、確かに優位性はあります。しかし、多くのライトユーザーにとって、その違いは体感しにくいかもしれません。
ここに、Face IDという「最後の一手」が投じられます。
Touch IDとFace IDは、単なる認証方法の違いではありません。それは、日々の体験の質を根底から変えるものです。iPadを横向きにしてMagic Keyboardで使う際、電源ボタンに指を伸ばす必要なく、ただ画面を見るだけでスリープが解除される。このシームレスな体験は、一度味わうと元には戻れないほどの快適さをもたらします。
次期iPad AirにFace IDが搭載されれば、この「体験価値」が、無印iPadとの310ユーロの価格差を正当化する、極めて強力で分かりやすい理由となります。iPad Airは、単なる「少し速い無印iPad」ではなく、「Proの体験を手頃な価格で味わえる、スマートな選択肢」として、そのキャラクターを再定義されることになるのです。
これは、2020年から停滞気味だったiPad Airという製品ラインを再活性化させ、機能と価格の完璧なバランスを求める、市場で最も厚い層の消費者にとって、抗いがたいほど魅力的な選択肢となることを意味します。

まとめ
2026年春に登場が予測される次期iPad AirへのFace ID搭載。それは、単なるスペックシート上の一行の追加では決してありません。
それは、絶対王者として君臨するiPad Pro、エントリーモデルとしての役割を担う無印iPad、そしてその間で揺れ動いていたiPad Airという、三兄弟の役割を再定義し、Appleのタブレット帝国をより盤石なものにするための、壮大で計算され尽くした”仕掛け”なのです。
この変化によって、私たちのiPad選びは、よりシンプルで、より本質的になります。
- 最高の体験を求めるなら、迷わずiPad Proを。
- コストを抑えつつ基本をこなすなら、無印iPadを。
- そして、その中間で、最も賢く、最もバランスの取れたプレミアム体験を求めるなら、新しいiPad Airを。
