一度は墓場に送られたはずのプロジェクトが、不死鳥のように蘇る――。テクノロジー業界では時折、そんなドラマチックな物語が生まれます。そして今、まさにその物語の新たな主人公として、Facebookの親会社であるMetaが舞台の中央に躍り出ました。
2022年、採算性の問題から中止されたと報じられた、Metaのカメラ付きスマートウォッチ。多くの人がその存在を忘れかけていた中、プロジェクトが極秘裏に復活し、今年の9月にも発表される可能性があるという衝撃的なニュースが飛び込んできました。
なぜMetaは、AppleやSamsungが牙城を築くこの市場に、再び挑戦状を叩きつけるのでしょうか。そして、物議を醸す可能性のある「カメラ付き」という仕様に、一体どんな狙いが隠されているのでしょうか。
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Meta製カメラ付きスマートウォッチが9月デビューってほんと?

忘却の彼方から蘇った「Milan」プロジェクト、その舞台裏
この復活劇の第一報を伝えたのは、業界情報に精通したメディアDigiTimesでした。報道によると、Metaはコードネーム「Milan」と呼ばれたスマートウォッチプロジェクトを再始動させ、その製造パートナーとして、世界最大級のODM(※1)である中国の「Huaqin」を指名したとのことです。
※1 ODM (Original Design Manufacturer): 他社ブランドの製品を、設計から製造まで一貫して請け負う企業。
このHuaqinという企業が、単なる下請け工場ではない点が重要です。彼らは過去にSamsung、Huawei、Xiaomiといったスマートウォッチ市場の巨人たちと提携した実績を持つ、いわば「成功請負人」。
Metaがこの巨大パートナーと手を組んだという事実は、今回のプロジェクトが単なる試験的なものではなく、市場投入を本気で見据えたものであることを強く示唆しています。2022年の計画中止という挫折を乗り越え、Metaはより強固な体制で帰ってきたのです。

最大にして最凶の武器?「手首のカメラ」の革新的な機構
Metaのスマートウォッチを、その他大勢の製品と一線を画す最大の特徴。それは、本体に搭載されると噂される「カメラ」の存在です。
リークされたプロトタイプの情報は、私たちに未来のデバイスの姿を垣間見せてくれます。外観はFitbit Versaシリーズに似た親しみやすいデザインでありながら、その内部には革新的な機構が隠されています。
- デュアルカメラ搭載
なんと、本体の前面と背面にそれぞれカメラを搭載しているとされています。 - 着脱可能なモジュール
最大の驚きは、ユーザーが時計の本体ケースをバンドから取り外すことで、背面カメラを自由なアングルで使えるようになるという点です。
これを実現すれば、スマートウォッチは単に通知を受け取るデバイスではなくなります。手首にはめたままハンズフリーでビデオ通話を行ったり、見たもの、体験したものを即座に記録するライフログカメラになったり、あるいは取り外してVlogのような映像を撮影したりと、使い方の可能性は無限に広がるでしょう。

Metaがスマートウォッチに固執する真の狙い ―「AIグラス」との連携
しかし、なぜMetaはこれほどまでにスマートウォッチに固執するのでしょうか。その答えは、同社が目指す、より大きなエコシステムの構想にあります。このスマートウォッチは、単体で完結する製品ではなく、Metaが近い将来の発売を目指している「AIグラス」を補完し、その能力を最大限に引き出すための重要なピースなのです。
- AIグラスの完璧な入力装置として
AIグラスが捉えた現実世界の情報に対し、私たちはどうやって指示を出すのでしょうか。声、ジェスチャー、そして手首にあるスマートウォッチのタッチ操作やダイヤル操作が、その最も直感的でスムーズなインターフェースになる可能性があります。 - 視覚情報と身体データの融合が生む次世代AI
ここに真の狙いがあります。AIグラスやウォッチの「カメラ」が捉えた”あなたが今見ているもの”という外部情報と、スマートウォッチのセンサーが計測する”あなたの心拍数や活動量”という内部情報をリアルタイムで組み合わせる。これにより、これまでにないパーソナルなAI体験が生まれます。
例えば、「さっきのプレゼンで、私が一番興奮していた(心拍数が上がった)のはどのスライドについて話している時?」とAIに尋ねれば、カメラの映像と心拍データを照合して答えを導き出してくれる。
Metaが見据えているのは、単なるウェアラブルデバイスではなく、現実世界とデジタル情報を融合させ、ユーザーを拡張する次世代AIプラットフォームの構築なのです。

発表は9月のMeta Connect?高まる期待と残された不確実性
では、私たちはいつこの未来のデバイスに触れることができるのでしょうか。最も有力な舞台として噂されているのが、現地時間9月17日から18日にかけて開催されるMetaの年次開発者会議「Meta Connect」です。
この一大イベントで、新しいAIグラスと共に、あるいはその先駆けとしてスマートウォッチが発表されるのではないか、という期待が高まっています。しかし、DigiTimesの報道も「イベントでデビューするかどうかは不明」と含みを残しており、情報はまだ錯綜しています。
2025年の9月、発表まであと2ヶ月を切った今、リーク情報はさらに活発化するでしょう。私たちは、その一つ一つに期待と想像を膨らませながら、公式発表の時を待つことになります。

【まとめ】
Metaが再び市場に投じようとしているカメラ付きスマートウォッチ。それは、単にApple Watchの対抗馬として作られた模倣品ではありません。手首から世界を記録し、AIグラスと連携することでユーザーの能力を拡張するという、野心的で、少し過激でさえある未来へのビジョンが込められています。
もちろん、「手首のカメラ」はプライバシーという諸刃の剣を内包しており、社会に受け入れられるには多くのハードルがあるでしょう。しかし、テクノロジーの歴史は常に、そうした議論と共に進化してきました。
Metaが描くのは、AIが日常に溶け込み、私たちの生活をより豊かにする未来です。このスマートウォッチは、その壮大なメタバース構想への、最も身近な入り口となるのかもしれません。
